東海道 赤坂~藤川 [街道歩き]
12月5日。東海道。赤坂から出立。出立地点は信号赤坂紅里。前回撮影した復元高札場の向かい側には赤坂宿の案内板と赤坂宿公園。
赤坂宿公園の隣(街道歩きとしては右側)に、曲輪老舗の尾崎屋。
その先すぐ、左側には旅籠大橋屋。
大橋屋の隣に、「大橋屋と脇本陣」の案内板。ここには大きな駐車スペースもあります。
左側に正法寺。見真大師聖徳太子御舊跡碑があります。
左側に御休処よらまいかん。トイレが使えます。
右側に杉森八幡宮。
左側に秋葉山常夜燈。
右側に開運毘沙門店尊石柱。
左側に榮善寺。
左側に八王子神社。
八王子橋で音羽川を渡ります。
高架をくぐります。
左側に長沢一里塚跡。
右側に兒子神社社標。
右側に誓林寺。
右側に巓神社社標と秋葉山常夜燈。
このあたり、長沢村には古い街並が残っています。
右側に観音堂跡。
右側に常夜燈。
大榎橋(旧唯心寺橋)で千束川を渡ります。
信号関屋のところでは、国道1号線の左側の旧道に入ります。
ほどなく国道1号線に合流します。
岡崎市に入ります。
左側に本宿村案内板、その先に冠木門(かぶきもん)と常夜燈があります。「冠木門」とは門柱に貫をかけた形の門のことです。
信号新箱根入口の先で旧道が左に分岐します。分岐の又に道標があります。
左側に法蔵寺。本宿村は法蔵寺の門前町として形成され、江戸時代は間の宿でした。
法蔵寺橋を渡ります。
右側に不動院。
左に曲がれば本宿旧代官屋敷がありますが、スポーツとして街道歩きをやっているので、よほどのことがなければ道沿い以外の旧跡には寄りません。実はこの日、赤坂出立時から、夫婦とおぼしき街道ウォーカー(かなり歩くのが速い)と、追いつ追われつで歩いていたのですが、この二人はあちこちで寄り道をしていました。二人はこの曲がり角から出てきました(ホントに歩くの速い。ぼくは写真撮影に時間がかかっているにしても)。
左側にアイチ味噌溜店舗。岡崎市の景観重要建造物に指定されています。
右側に本宿村道路元標と秋葉山常夜燈。
左側に十王堂跡。
ここを左に曲がると名鉄本宿駅。トイレに行きたいので寄りましたが、改札外にトイレはありませんでした。
右側に本宿一里塚跡の標石。
左側に揚珠院。
左側に宇津野邸の長屋門。七代龍碩はシーボルトの医学を学んだ蘭方医で、安政年間(1854-60)に当時としては画期的な種痘を行った人物です。
信号本宿町沢渡で国道1号線に合流します。
信号東海中学校入口のところで右に入ります。・・・右に入らないと歩道が消失するようです。
ほどなく、国道に復帰します。
すぐに、右手の下り坂を下りて旧道に入ります。
東海道の案内板。
右側に興円寺。
左側に舞木村の案内板と冠木門。
右側に永證寺。
舞木橋で山綱川を渡ります。
信号舞木町西で国道1号線に合流します。
旧道が左手に分岐します。
すぐ、さらに左に分岐します。
分岐点の左側に、東棒鼻跡。ここから藤川宿です。
T字路を右折します。左側角に市場改耕碑があります。
すぐ、左折します。角の右奥に常夜燈があります。
曲がった後の道は「市場通り」と呼ばれています。格子造りの旧家が何軒か残されています。
右側に津島神社。
右側に高札場跡の案内板。
左側に稱名寺。
左側に旧野村家住宅。岡崎市の景観重要建造物に指定されています。
右側に高札場が復元されています。
右側に橘屋脇本陣。藤川宿資料館になっています。
左側に藤川宿の案内。
右側に関山神社常夜燈。
宿場橋で百田川を渡ります。
右側に西棒鼻跡。藤川宿のチェックポイントです。
11:30到着(本宿駅で6分のロスタイム)。区間距離10.9km、所要時間2時間54分、歩数16,771歩。平均時速3.8km、平均歩幅65cmでした。
赤坂宿公園の隣(街道歩きとしては右側)に、曲輪老舗の尾崎屋。
その先すぐ、左側には旅籠大橋屋。
大橋屋の隣に、「大橋屋と脇本陣」の案内板。ここには大きな駐車スペースもあります。
左側に正法寺。見真大師聖徳太子御舊跡碑があります。
左側に御休処よらまいかん。トイレが使えます。
右側に杉森八幡宮。
左側に秋葉山常夜燈。
右側に開運毘沙門店尊石柱。
左側に榮善寺。
左側に八王子神社。
八王子橋で音羽川を渡ります。
高架をくぐります。
左側に長沢一里塚跡。
右側に兒子神社社標。
右側に誓林寺。
右側に巓神社社標と秋葉山常夜燈。
このあたり、長沢村には古い街並が残っています。
右側に観音堂跡。
右側に常夜燈。
大榎橋(旧唯心寺橋)で千束川を渡ります。
信号関屋のところでは、国道1号線の左側の旧道に入ります。
ほどなく国道1号線に合流します。
岡崎市に入ります。
左側に本宿村案内板、その先に冠木門(かぶきもん)と常夜燈があります。「冠木門」とは門柱に貫をかけた形の門のことです。
信号新箱根入口の先で旧道が左に分岐します。分岐の又に道標があります。
左側に法蔵寺。本宿村は法蔵寺の門前町として形成され、江戸時代は間の宿でした。
法蔵寺橋を渡ります。
右側に不動院。
左に曲がれば本宿旧代官屋敷がありますが、スポーツとして街道歩きをやっているので、よほどのことがなければ道沿い以外の旧跡には寄りません。実はこの日、赤坂出立時から、夫婦とおぼしき街道ウォーカー(かなり歩くのが速い)と、追いつ追われつで歩いていたのですが、この二人はあちこちで寄り道をしていました。二人はこの曲がり角から出てきました(ホントに歩くの速い。ぼくは写真撮影に時間がかかっているにしても)。
左側にアイチ味噌溜店舗。岡崎市の景観重要建造物に指定されています。
右側に本宿村道路元標と秋葉山常夜燈。
左側に十王堂跡。
ここを左に曲がると名鉄本宿駅。トイレに行きたいので寄りましたが、改札外にトイレはありませんでした。
右側に本宿一里塚跡の標石。
左側に揚珠院。
左側に宇津野邸の長屋門。七代龍碩はシーボルトの医学を学んだ蘭方医で、安政年間(1854-60)に当時としては画期的な種痘を行った人物です。
信号本宿町沢渡で国道1号線に合流します。
信号東海中学校入口のところで右に入ります。・・・右に入らないと歩道が消失するようです。
ほどなく、国道に復帰します。
すぐに、右手の下り坂を下りて旧道に入ります。
東海道の案内板。
右側に興円寺。
左側に舞木村の案内板と冠木門。
右側に永證寺。
舞木橋で山綱川を渡ります。
信号舞木町西で国道1号線に合流します。
旧道が左手に分岐します。
すぐ、さらに左に分岐します。
分岐点の左側に、東棒鼻跡。ここから藤川宿です。
T字路を右折します。左側角に市場改耕碑があります。
すぐ、左折します。角の右奥に常夜燈があります。
曲がった後の道は「市場通り」と呼ばれています。格子造りの旧家が何軒か残されています。
右側に津島神社。
右側に高札場跡の案内板。
左側に稱名寺。
左側に旧野村家住宅。岡崎市の景観重要建造物に指定されています。
右側に高札場が復元されています。
右側に橘屋脇本陣。藤川宿資料館になっています。
左側に藤川宿の案内。
右側に関山神社常夜燈。
宿場橋で百田川を渡ります。
右側に西棒鼻跡。藤川宿のチェックポイントです。
11:30到着(本宿駅で6分のロスタイム)。区間距離10.9km、所要時間2時間54分、歩数16,771歩。平均時速3.8km、平均歩幅65cmでした。
2020-12-06 13:32
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