日光御成道 鳩ヶ谷~東川口 [街道歩き]
最後のひと踏ん張りです。
藤屋のはす向かいに北西商店があります。店舗と蔵は登録有形文化財です。
右側に市場杭跡。
右側に地蔵院。
右側に子日(ねのひ)神社。
並びに多宝院不動堂。
向かいに氷川神社。
信号西新井宿で首都高川口線をくぐります。ここは歩道がなく、歩道橋を渡る必要があります。疲れている時、特に足にきているときは、歩道橋を渡るのは本当に苦痛です(今日はまだ大丈夫です)。
東京外環自動車道をくぐります。ここも歩道橋でした。
右側に真乗院。
正確に覚えていないのですが、この辺りから、歩道がなくなります。歩道がなく、交通量がある程度多いところを歩くのは、本当に恐怖です。
右側に祠が二宇あります。
段上の覆屋には聖徳太子立像が安置されているそうです。
右側に一里塚ポケットパーク。戸塚の一里塚です。
JR武蔵野線を渡る橋に出ます。次の宿は大門宿ですが、交通の都合上、今日はここまで。
12:07到着。区間距離4.9km、所要1時間12分、歩数7,729歩。平均時速4.1km、平均歩幅63cmでした。この日の合計は、距離20.1km、所要5時間43分、歩数31,672歩、平均時速3.5km、平均歩幅63cmでした。
街道は橋を渡って直進ですが、ここを右に曲がればJR武蔵野線の東川口駅です。
藤屋のはす向かいに北西商店があります。店舗と蔵は登録有形文化財です。
右側に市場杭跡。
右側に地蔵院。
右側に子日(ねのひ)神社。
並びに多宝院不動堂。
向かいに氷川神社。
信号西新井宿で首都高川口線をくぐります。ここは歩道がなく、歩道橋を渡る必要があります。疲れている時、特に足にきているときは、歩道橋を渡るのは本当に苦痛です(今日はまだ大丈夫です)。
東京外環自動車道をくぐります。ここも歩道橋でした。
右側に真乗院。
正確に覚えていないのですが、この辺りから、歩道がなくなります。歩道がなく、交通量がある程度多いところを歩くのは、本当に恐怖です。
右側に祠が二宇あります。
段上の覆屋には聖徳太子立像が安置されているそうです。
右側に一里塚ポケットパーク。戸塚の一里塚です。
JR武蔵野線を渡る橋に出ます。次の宿は大門宿ですが、交通の都合上、今日はここまで。
12:07到着。区間距離4.9km、所要1時間12分、歩数7,729歩。平均時速4.1km、平均歩幅63cmでした。この日の合計は、距離20.1km、所要5時間43分、歩数31,672歩、平均時速3.5km、平均歩幅63cmでした。
街道は橋を渡って直進ですが、ここを右に曲がればJR武蔵野線の東川口駅です。
日光御成道 川口~鳩ヶ谷 [街道歩き]
先を進めます。すぐ、右側に中西日進堂薬局。大正時代の建築です。
街道はロータリーに突き当たります。ロータリーの中は、川口宿ミニパークになっています。
ロータリーの交差点を右折し、すぐの歩道橋を渡ります。左折方向の国道122号線の左側にまで渡ります。
歩道橋の左側、122号線を進みます。
芝川を上の橋で渡ります。
右側に旧田中家住宅。大正十二年(1923年)築の三階建洋館と昭和十年(1935年)築の和館からなり、国指定重要文化財となっています。
左側に薬林寺。入口に庚申塔があります。
新芝川を鳩ヶ谷大橋で渡ります。
Y字路を右に取ります。
見沼代用水東縁を吹上橋で渡ります。橋の脇に、日光御成道と鳩ヶ谷宿の案内板があります。
右側に千住院跡の案内板。
右側にあるファミリーファッション藤屋が、鳩ヶ谷宿の本陣跡です。
10:52到着。区間距離4.7km、所要1時間17分、歩数6,997歩。平均時速3.7km、平均歩幅67cmでした。
街道はロータリーに突き当たります。ロータリーの中は、川口宿ミニパークになっています。
ロータリーの交差点を右折し、すぐの歩道橋を渡ります。左折方向の国道122号線の左側にまで渡ります。
歩道橋の左側、122号線を進みます。
芝川を上の橋で渡ります。
右側に旧田中家住宅。大正十二年(1923年)築の三階建洋館と昭和十年(1935年)築の和館からなり、国指定重要文化財となっています。
左側に薬林寺。入口に庚申塔があります。
新芝川を鳩ヶ谷大橋で渡ります。
Y字路を右に取ります。
見沼代用水東縁を吹上橋で渡ります。橋の脇に、日光御成道と鳩ヶ谷宿の案内板があります。
右側に千住院跡の案内板。
右側にあるファミリーファッション藤屋が、鳩ヶ谷宿の本陣跡です。
10:52到着。区間距離4.7km、所要1時間17分、歩数6,997歩。平均時速3.7km、平均歩幅67cmでした。
日光御成道 岩淵~川口 [街道歩き]
そのまま歩き始めます。岩淵から川口は、荒川を渡るだけです。新荒川大橋を渡ります。
八木さんのHPには、「新荒川大橋の渡詰めを左折し、土手道を進み、スグの土手階段を下ると、川口宿に到着です!」とあります。土手道というとこれだと思うのですが
「通り抜けできません」という看板があります。
じっさい、「土手道」に踏み込んでみましたが、右折の土手階段は見当たりません。しかたなく戻り、橋から直進方向に進みます。橋を渡ると埼玉県です。
最初の道を左折します。確かに、ここに「土手道」があります。左側をみると、「土手階段」もあります。これのようです。いずれにせよ、街道は橋を渡って最初の道を左折後、一本目を右折します。
右側に浜田接骨院があります。明治四十年(1907年)の建物です。
濱田接骨院のすぐ先、ここを左に入ると川口宿の本陣門があります。従いここを川口宿のチェックポイントとします。
本陣門はこれです。
さて、川口宿の到着は9:35。区間距離は1.1km。区間距離が短く、岩淵宿の出立点がおそらく間違っているためデータとしては信頼性に乏しいのですが、一応計算しますと、所要24分、歩数2,023歩。平均時速2.8km、平均歩幅54cmでした。
八木さんのHPには、「新荒川大橋の渡詰めを左折し、土手道を進み、スグの土手階段を下ると、川口宿に到着です!」とあります。土手道というとこれだと思うのですが
「通り抜けできません」という看板があります。
じっさい、「土手道」に踏み込んでみましたが、右折の土手階段は見当たりません。しかたなく戻り、橋から直進方向に進みます。橋を渡ると埼玉県です。
最初の道を左折します。確かに、ここに「土手道」があります。左側をみると、「土手階段」もあります。これのようです。いずれにせよ、街道は橋を渡って最初の道を左折後、一本目を右折します。
右側に浜田接骨院があります。明治四十年(1907年)の建物です。
濱田接骨院のすぐ先、ここを左に入ると川口宿の本陣門があります。従いここを川口宿のチェックポイントとします。
本陣門はこれです。
さて、川口宿の到着は9:35。区間距離は1.1km。区間距離が短く、岩淵宿の出立点がおそらく間違っているためデータとしては信頼性に乏しいのですが、一応計算しますと、所要24分、歩数2,023歩。平均時速2.8km、平均歩幅54cmでした。
日光御成道 本郷追分~岩淵 [街道歩き]
甲州道中の復路を完歩して、ふと考えました。これで五街道のうち三街道往復完歩(日光道中、奥州道中、甲州道中)。残る東海道と中山道は、ハードな峠越えを控え(東海道は鈴鹿峠、中山道は和田峠)、しかも一日に長距離を歩かざるを得ず(交通機関や宿泊場所がない)、しかも宿泊が必須(計画を立てるのが大変)。いわゆる「難所」を控えているのです。こういうときどうするか・・・脇街道です。
というわけで、5月2日、日光御成道にとりかかることにしました。日光御成道は、日光道中の本郷追分で分かれ、幸手で再び日光道中に合流する、47.5kmの脇街道です。徳川歴代将軍が日光東照宮に参詣する際、「おなり」になった街道です。日光道中があるのに、わざわざ御成道を整備したのは、御成道にある岩槻城を使うため、ということです(将軍が本陣に宿泊するのは不都合があり、お城を使いたかった)。
5月2日、晴。東大農学部正門前の本郷追分を、6:13出立です。本郷三丁目方面からくると、日光道中はここで左折で、日光御成道はここを直進して本郷通りをそのまま進みます。
左側に正行寺。
ここから、多くの寺々が並びます。「寺町通り」と呼びたいぐらいです(あくまでも本郷通りです)。次いで左側に十方寺。
左側に駒込土物店跡碑。近郊の農家が産物を持って集まっていたところです。後に駒込青物市場に発展しました。
左側に定泉寺。
左側に南谷寺。境内の不動堂に目赤不動尊が安置されています。
左側に養昌寺。半井桃水(樋口一葉の師)の墓があります。
右側に吉祥寺。山門は享和二年(1802年)の再建です。
左側に大運寺。
左側に教元寺。
左側に長元寺。
左側に天然寺。
左側に江岸寺。
ここを左折すると六義園の正門。
信号駒込橋の左手前に六義園の染井門。
駒込橋を渡ると文京区と別れ豊島区に入ります。右側にJR駒込駅があります。
橋を渡ると左側に大國神社。
右側に子育地蔵尊。
北区に入ります。
左側に旧古河庭園。
右側に平塚神社。
西ヶ原の一里塚。両塚を残しています。都内に残された貴重な遺構です。特に、南塚(本郷から歩くと左側)は、中央分離帯として使われている点が出色です。
北塚の傍らには七社神社の鳥居が見えます。
右側に飛鳥山公園。
信号音無橋でY字路を、飛鳥山公園に沿って右に取ります。本日最初の分岐です。
この道には都電荒川線が走っています。今は東京さくらトラムというんですね。
すぐ、JR王子駅。
街道はJRの手前を、JRに沿って左折なのですが、通り(明治通り)を渡ることができません。JRのガードをくぐり、歩道橋を渡ります。
明治通りを渡ったら、JRのガードを再びくぐって元に戻ります。くぐってすぐ右折。森下商店街通りが街道です。
ここを左折します。
すぐの道を右折します。
この道は王子大坂です。
坂を上り切ると、都道455号線に合流します。
中十条一丁目歩道橋で、Y字路になっているので、右(直進方向)に取ります。が、左に進んでしまい、少々ロスしました。
左側に地福寺。
右側に西音寺。
JR埼京線を赤羽線(3)王子道ガードでくぐります。
左側に稲付村の一里塚跡案内板。
左側に赤羽西交番があり、その左側が真正寺坂。登り口に青面金剛像の道標があります(「これよりいたばしみち」)。
さて、ここからが問題です。地図なし、八木さんのHP頼みの限界が出ました。注意して読んでいたつもりでしたが、目標物「信号赤羽」でなく赤羽駅前に出てしまいました。HPに赤羽駅の記載はありません。
赤羽駅でトイレを借り、気を取り直します。ひとまず次の目標物を「大満寺」に定めます。JR沿いの道を進みます。
Google Mapに従い、ここで右折します。
大きな交差点を過ぎ、すぐ右のこの道が大満寺の通りです。あとでわかったのですが「大きな交差点」が信号赤羽でした(見ていませんでした)。
右側に大満寺。
その先に正光寺。
HPを見直したら、大満寺の前の道は街道でなく、「大きな交差点」(信号赤羽)を渡ってそのまま大通りが、街道でした。正光寺の手前で左折して、大通り(国道122号線)に戻ります。
左を見ると信号赤羽があります。信号赤羽まで戻って国道を渡り、国道の左側を進みます(左側に目印があるはずなので)。
左側に仙甚橋の跡。
さて、「小山商店」という店の近くに問屋場跡の碑があり、そこが岩淵宿のチェックポイントのはずでした。しかし見つからず、埼玉県との県境の新荒川大橋が見えてしまったので、そこを岩淵宿のチェックポイントとしました。・・・で、今これを書いていて気付いたのですが、「小山商店」は街道の右側でした!つまり碑も右側。ないはずです。
さて、気を取り直して岩淵宿のチェック。9:11到着。本郷追分からの距離9.4km、所要2時間50分、歩数14,923歩。平均時速3.3km、平均歩幅63歩でした。地図がないため頻繁にHPをチェックしている上に迷い道があったので、時速は伸びませんでした。
というわけで、5月2日、日光御成道にとりかかることにしました。日光御成道は、日光道中の本郷追分で分かれ、幸手で再び日光道中に合流する、47.5kmの脇街道です。徳川歴代将軍が日光東照宮に参詣する際、「おなり」になった街道です。日光道中があるのに、わざわざ御成道を整備したのは、御成道にある岩槻城を使うため、ということです(将軍が本陣に宿泊するのは不都合があり、お城を使いたかった)。
5月2日、晴。東大農学部正門前の本郷追分を、6:13出立です。本郷三丁目方面からくると、日光道中はここで左折で、日光御成道はここを直進して本郷通りをそのまま進みます。
左側に正行寺。
ここから、多くの寺々が並びます。「寺町通り」と呼びたいぐらいです(あくまでも本郷通りです)。次いで左側に十方寺。
左側に駒込土物店跡碑。近郊の農家が産物を持って集まっていたところです。後に駒込青物市場に発展しました。
左側に定泉寺。
左側に南谷寺。境内の不動堂に目赤不動尊が安置されています。
左側に養昌寺。半井桃水(樋口一葉の師)の墓があります。
右側に吉祥寺。山門は享和二年(1802年)の再建です。
左側に大運寺。
左側に教元寺。
左側に長元寺。
左側に天然寺。
左側に江岸寺。
ここを左折すると六義園の正門。
信号駒込橋の左手前に六義園の染井門。
駒込橋を渡ると文京区と別れ豊島区に入ります。右側にJR駒込駅があります。
橋を渡ると左側に大國神社。
右側に子育地蔵尊。
北区に入ります。
左側に旧古河庭園。
右側に平塚神社。
西ヶ原の一里塚。両塚を残しています。都内に残された貴重な遺構です。特に、南塚(本郷から歩くと左側)は、中央分離帯として使われている点が出色です。
北塚の傍らには七社神社の鳥居が見えます。
右側に飛鳥山公園。
信号音無橋でY字路を、飛鳥山公園に沿って右に取ります。本日最初の分岐です。
この道には都電荒川線が走っています。今は東京さくらトラムというんですね。
すぐ、JR王子駅。
街道はJRの手前を、JRに沿って左折なのですが、通り(明治通り)を渡ることができません。JRのガードをくぐり、歩道橋を渡ります。
明治通りを渡ったら、JRのガードを再びくぐって元に戻ります。くぐってすぐ右折。森下商店街通りが街道です。
ここを左折します。
すぐの道を右折します。
この道は王子大坂です。
坂を上り切ると、都道455号線に合流します。
中十条一丁目歩道橋で、Y字路になっているので、右(直進方向)に取ります。が、左に進んでしまい、少々ロスしました。
左側に地福寺。
右側に西音寺。
JR埼京線を赤羽線(3)王子道ガードでくぐります。
左側に稲付村の一里塚跡案内板。
左側に赤羽西交番があり、その左側が真正寺坂。登り口に青面金剛像の道標があります(「これよりいたばしみち」)。
さて、ここからが問題です。地図なし、八木さんのHP頼みの限界が出ました。注意して読んでいたつもりでしたが、目標物「信号赤羽」でなく赤羽駅前に出てしまいました。HPに赤羽駅の記載はありません。
赤羽駅でトイレを借り、気を取り直します。ひとまず次の目標物を「大満寺」に定めます。JR沿いの道を進みます。
Google Mapに従い、ここで右折します。
大きな交差点を過ぎ、すぐ右のこの道が大満寺の通りです。あとでわかったのですが「大きな交差点」が信号赤羽でした(見ていませんでした)。
右側に大満寺。
その先に正光寺。
HPを見直したら、大満寺の前の道は街道でなく、「大きな交差点」(信号赤羽)を渡ってそのまま大通りが、街道でした。正光寺の手前で左折して、大通り(国道122号線)に戻ります。
左を見ると信号赤羽があります。信号赤羽まで戻って国道を渡り、国道の左側を進みます(左側に目印があるはずなので)。
左側に仙甚橋の跡。
さて、「小山商店」という店の近くに問屋場跡の碑があり、そこが岩淵宿のチェックポイントのはずでした。しかし見つからず、埼玉県との県境の新荒川大橋が見えてしまったので、そこを岩淵宿のチェックポイントとしました。・・・で、今これを書いていて気付いたのですが、「小山商店」は街道の右側でした!つまり碑も右側。ないはずです。
さて、気を取り直して岩淵宿のチェック。9:11到着。本郷追分からの距離9.4km、所要2時間50分、歩数14,923歩。平均時速3.3km、平均歩幅63歩でした。地図がないため頻繁にHPをチェックしている上に迷い道があったので、時速は伸びませんでした。